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2008.12.20

singleアイコン養珠院(ようじゅいん)

お万さま
白糸の滝のお万さま像

 天正八年(1580) 〜承応二年八月二十二日(1653)
 徳川家康の側室。頼宣(よりのぶ)・頼房(よりふさ)の母。名は万。
 万の母は勝浦城主正木頼忠と離縁した後、北条氏家臣だった蔭山氏広と再婚しました。義父の蔭山家は、代々日蓮宗を信仰、万もその影響を受けました。

 万はこの義父の元で育てられ、十七歳の頃、三島の宿で給仕に出た所を、家康に見初められ側室となり、慶長七年(1602)三月に長福丸(紀州徳川家初代藩主 徳川頼宣)を、さらに翌年の八月には鶴千代(水戸徳川家初代藩主 徳川頼房頼房)を生みました。

 元和五年(1619)八月、家康公の三回忌には身延山で法華経一万部読誦の大法要を済ませ、寛永十七年(1640)には、それまで女人禁制であった身延の七面山に、「女人成仏の法華経守護の七面天女の御山に、法華経を信ずる女人が登れぬはずはない」と、白糸の滝で七日間の水ごりをとり、初めて女人として山頂をきわめ、七面山女人踏み分けの祖とされた。

参考:
養珠院お万さま略歴
養珠院-Wikipedia
徳川養珠夫人伝 中村利枝著
お万の方(養珠院)出生の秘密
養珠院お万さま

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