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2008.04.05

singleアイコン大野山 本遠寺

本堂と大楠
復元工事中の本堂

本遠寺は日蓮宗の本山に列する由緒寺院で、伽藍は和歌山藩主德川頼宣によって造営されました。幕末、慶応3年(1867年)の火災で失われ、わずかに本堂と鐘楼堂のみが現存します。
 本堂は桁行五間、梁間七間の大型の仏堂で、木割の太い優れた建築物です。

鐘楼堂
修復工事中の鐘楼堂

 鐘楼堂は袴腰を付けず、柱を内転びとして一階を開放とする珍しい形式の楼造鐘楼で、規模が大きく、細部の絵様繰形などにみるべき点があります。

『甲斐国志』に拠れば、慶長14年(1609年) 徳川家康の側室お萬の方(養珠院)の帰依を受けた久遠寺22世日遠が開山となり創建。日遠は慶長13年に江戸での浄土宗との宗論(慶長の法難)において敗れ、翌年に隠棲し隠棲していた大野の庵が寺となりました。

正保3年(1646年)、将軍家光から寺領を与えられ、歴代将軍から朱印状を受け慶安3年(1650年)、お萬の方の実子である紀州徳川頼宣・水戸徳川頼房により伽藍が整備され、承応2年(1653年)には養珠院(お萬の方)の葬儀も行われています。

昭和61年(1986年)、焼け残った本堂、鐘楼堂が国の重要文化財に指定されました。
現在、大掛かりな修復工事中です、工事の終了が待たれます。

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