2009.01.12
諸大名とその石高
「身延山ガイドブック」を見直していくうちに、江戸の大名家の石高は現在の金額にして一体どのくらいになるのか気になりはじめました。
豊臣秀吉は、各地を征服するごとに検地によって征服地を把握し全国統一の基礎としたため各地の石高が確定され、後江戸時代の幕藩体制の基礎となる石高制のもととなったそうです。(Wikipedia:太閤検地)
この時、「一人が一年間生きていくには米一石を必要とする」という事を基準にしたようでこれで各大名の石高が把握されたようです。
ちなみに、ご飯茶碗八分目のご飯の量は110gお米を炊いた場合の量の増え方は2.3〜2.5倍になるそうで 110gのご飯の米の目方÷2.4倍≒48.5gの米 という事になるようです。
という事はおよそ 米1合≒ご飯150g≒ご飯茶碗3杯分 というところが基準となりそうです。
単位換算によれば
「一石=2.5俵=10斗=100升=1000合」なので
1000合÷365日≒3合/日となりますが不足分は後は芋、粟、稗なども混ぜて食べていたのでしょうか?
又、当時の年貢率は四割〜五割程度なので身延山総門を建立した三河刈谷藩初代藩主 三浦明敬 表高23,000石は実質9200石の収入という事になりますが農地の開墾が進んでいれば実高(内高)はもっと上だったかも知れません。(Wikipedia:石高)
そして、米1石=1両前後とされ、元禄年間から幕末の世情不安に至る前まで、ほぼこの前後の水準で推移していました。
江戸幕府の貨幣のレート
金1両=4分金=16朱=銀60匁=銭4貫文=銭4000文
とありますが実際には時価相場で交換されていました。
幕末前までは金1両はおおよそ江戸時代の初期で10万円、中〜後期で3〜5万円、幕末頃には3〜4千円になってしまったようです。
(参考:日本銀行金融研究所貨幣博物館)
金1両を現在の価値に正確に換算するのは無理だとされていますが、目安として米価で推し量ってみる方法ではどうでしょう。
米1石=1両というのが目安になりそうなので、今の米価に換算してみると
平成19年度の自主流通米価は14,185円/60kgで平成15年度の21,078円/60kgと比べると大分下がって来ていますが、ここでは15,000円/60kgで計算してみます。
( 参考:コメ価格センター、 入札結果の分析)
15000円÷60kg-=250円/kg
1両=1石=150kgなので150kgx250円/kg=37500円/石という事になります。
これを町で購入する米の価格で計算すると、銘柄にこだわらなければ1kg350円前後ですから
1両=1石=150kgなので150kgx350円/kg=52500円/石という事になります。
これは江戸時代に比べ米の生産量が格段に上がったために米の価格が大幅に下がっているという事のようにも考えられます。
一石=米1000合=金1両=銭4000文=8万円
色々な書籍を参考にしてみると、銭1文は今の金額にしておよそ20円、金1両は8万円を基準にして書かれている書籍が多いようです、次ぎにはこのあたりを元にして庶民の生活なども知ってみたいものです。
これで計算すると「身延山総門を建立した三河刈谷藩初代藩主 三浦明敬」 の実収は
9200石×8万=7億3600万円位
の大名だったと考えれば良いのでしょうか。
