久遠寺諸堂案内
各施設ごとの記事は下線のある施設名からリンクしています。
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| 身延山総門: 寛文5年(1665年)9月建立された棟門、正面には「開会関」(かいえかん)と書かれた大きな扁額が飾られています。 開会とは法華経の信仰によって仏となるとの意味から、この門を入る事により道が開ける事を示しています。 |
身延山三門: 身延山三門は京都市東山区の知恩院、京都市左京区の南禅寺と合わせ日本三大門の一つとされています。 三門(さんもん)は空門・無相門・無願門の三境地を経て仏国土に至る門、三解脱門(さんげだつもん)を表すとされています。 |
菩提梯: 三門の正面に見える急な石段で、石段の数287段、高さ104mあり、久遠寺本堂正面に出ます。 「菩提」─悟りに至る梯(きざはし)の意味が込められ、「南無妙法蓮華経」の御題目七文字になぞらえ七区画に分けられています。 |
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| 久遠寺本堂: 明治8年(1875年)の大火により、堂塔伽藍はことごとく焼け本堂は、昭和60年(1985年)再建落慶されました。 |
墨龍(ぼくりゅう): 間口32m、奥行き51mの本堂内には、加山又造(またぞう)画伯渾身の筆による大天井画『墨龍』が描かれています。 |
祖師堂・棲神閣(せいしんかく): 祖師の御魂が棲んでおられるお堂です。 内陣の「立正」の扁額は聖人の立正大師号にちなみ昭和6年天皇陛下より賜った勅額です。 |
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| 報恩閣: 身延山久遠寺の総受付です。 前庭の樹齢400年の枝垂れ桜は参拝者の目を楽しませています。 |
御真骨堂拝殿: 御真骨堂と一体のお堂で御真骨を礼拝するお堂です。 |
御真骨堂: 日蓮聖人の御廟墓は西谷にありますが久遠寺移築の時法守猊下の任に配慮し御真骨も現在の久遠寺に奉遷せられました。 |
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| 納牌堂: 全国信徒の納骨、納牌、追善法要が毎日行われています。 |
大客殿 大玄関: 法主、国賓が使用する玄関です。 |
開基堂: 南部実實長公をおまつりしてあります。 實長公は文永11年(1274)5月12日、日蓮聖人をこの地に招かれ聖人ご在山の9ヶ年間一族をあげて給仕されました。 |
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| 水鳴楼前庭: 鶴亀蓬菜様式の池泉庭園で山上の奇厳より淙々として落下する飛瀑は長舌泉、池は真如海、池の中央の島は寿量島として浄身厳、白象厳、青獅巌等呼応しその美を極めています。 |
五重塔: 約130年ぶりに再建された五重塔は、元和5年創建の塔の「復元」の塔で当時の姿を復元しようとする建築物です、2008年11月5日竣工の法要が行われ2009年5月13日~17日落慶式が行われます。 |
大梵鐘: 家康側室・お万の方の寄贈によるもので、毎朝夏は5時、冬は5時半 夕は5時、4時半に撞かれますがその他は除夜の鐘と身延山に緊急の事が起こった時以外は撞かれる事はありません。 |
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| 甘露門: 法華経の観世音菩薩普門品第二十五に「甘露の法雨を澍ぎ、煩悩の焔を滅除す。」とありこの門を入って法華経の法益を得るとの意味で名付けられています。 |
御廟所・御草庵跡: 静かな趣きのある参道です、安らかな気持ちでお参り下さい。 |
霊山橋と法界堂: 霊鷲山に至る橋である処から霊山橋と呼ばれます。法界堂は元の御草庵に模し、一部に当時の古材をもちい縮小された建物です。 |
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| 御草庵跡: 日蓮聖人が9ヶ年過ごされ、弘安四年(1281)十間四面の大堂が建立された跡地で身延山久遠寺発祥の地。 |
御廟所 拝殿 : 御廟所をお参りする拝殿です、信徒の方々の読経と木柾の音が木々の間に響き渡ります。 |
日蓮聖人御廟所: 日蓮聖人の御遺骨が納められている祖廟塔。日蓮聖人の墓所は、祖師の御廟である事から、「祖廟」あるいは「御廟」と呼ばれています。 |
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| 身延山ロープウエイ: 久遠寺駅と奥之院駅の全長1,665m、高低差763mを片道約7分で結び、毎時 0分、20分、40分に運行されます。 |
奥之院: 日蓮聖人は身延山でのお暮らしのなか、この峰まで登られ、はるか遠く故郷房州の方角を拝されご両親を慕い、恩師に思いをはせられたところです。 |






















